巻頭言
ときわ会の真価 ~学び続ける教職員~
支部長 藤井 正人
(葛塚小 昭63年度)
「ときわ会とは、学び続ける教職員のための研修団体である。」
5月13日に、4年ぶりに一堂に会した支部総会で、私はときわ会の真価をこのように意味付けました。
そもそも、なぜ私達教職員は研修をしなければならないのか。まず精神面からの回答は、同じく支部総会で紹介した、東京都の元公立中学校国語教師大村はま先生の次の言葉に尽きるのではないでしょうか。
「伸びようという気持ちをもたない人は、子どもとは無縁の人です。」
「伸びようという気持ち」=「学び続ける意欲」をもっているからこそ、学び成長する子どもを教育する資格がある、という至極当たり前だけど極めて厳しい言葉でもあります。学び続ける私達の姿こそが、子どもたちにとっての最大の教育環境なのです。
なぜ私達教職員は研修をしなければならないのか。法律面からの回答は、教育公務員特例法第21条「教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究や修養に努めなければならない」とあるから。
これは罰則のない努力義務。とはいえ義務なのですから、それを果たした根拠を示さねばなりません。その根拠の例として、校内研修での授業研究、悉皆または自主的な研修会の参加などがあるでしょう。また、日々の授業力向上OJT、読書やインターネット、地域や教育外の人との交流も広く研修の一環と言えます。
ただそれらの研修は、ときわ会員でなくてもできます。それではなぜときわ会なのか。その回答は、白石ときわ会長の次の言葉に集約されます。
「ときわ会の最大の財産は、『人』である。」
ときわ会には、学び続けている有能で魅力的な『人』がたくさんいます。これは、ときわ会百五十年間における先人・先達の尽力の賜です。ときわ会の研修では、そのような『人』との関わりを通して心に響く薫陶を受けたり、有益な示唆や刺激をもらったりすることできます。そのことによって、教職員としての力量のみならず、人間性までも磨くことができるのです。