中学校学習指導要領解説理科編には,ものづくりは「科学的な原理や法則について実感を伴った理解を促すものとして効果的であり,学習内容と日常生活や社会との関連を図る上でも有効である。」とされ「楽器などのものづくりを取り入れ,原理や仕組みの理解を深めさせる。」と示されている。管楽器は身近で,生徒にとって慣れ親しんだ存在であるため,ものづくりの学習と日常生活をつなげる効果が期待できる。しかし,中学校では,管楽器の音の出る仕組みの学習はしない。現在のように,管楽器の音の出る仕組みを学習せずにものづくりのみを行うのであれば,それは単に興味・関心を高めるための工作に終わり,活動の意味が薄れてしまう懸念がある。ものづくりを通して,科学の有用性や学習の身近さを実感させるために,管楽器の音の出る仕組みを扱うことが必要だと考えた。
本研究の目的は,中学校の理科の音の単元において,生活と結び付きやすい管楽器のものづくりを行う。ものづくりから,管楽器の科学的な原理や法則の理解を促すために,教材および授業デザインを検討し,授業の効果を検証する。なお,一般的にものづくりは,単元の導入の意欲付けや,既習事項の活用の場面で行われる。本研究のものづくりは,管楽器の音の出る仕組みの理解という発展的な学習として位置付ける。
管楽器の音が出る仕組みである気柱共鳴を指導するために,気柱管の定在波を可視化するクントの実験を取り入れた。クントの実験は管の中の発泡ビーズの動く様子で,空気の振動する様子が分かる。また,クントの実験はピストンで気柱管の長さを変えたり,コンピュータソフトで複数の周波数の混じった音を出したりできるようにした。
授業は,空き缶トロンボーンを作成し鳴らすことで,音の響きや高さの特徴を体験から捉えさせた。そして,「音が響くのはなぜか。」「管の長さを変えると音の高さが変わるのはなぜか。」「マウスピースの『ブー』の音がいろいろな音に変わるのはなぜか。」の3点を課題とした。課題を解決するために,クントの実験を行い,空き缶トロンボーンの音の出る仕組みを考えた。
評価は,授業に関する意識調査(4件法),クントの実験及び空き缶トロンボーンの理解調査(記述)で行った。また,ワークシートの記述,会話記録の分析を行った。
授業に関する意識調査(関心・意欲,日常への発展,学習理解)の平均点は3.4点であった。また,授業後の感想に「空気のふるえる様子が実際に目の前で見れて実験がおもしろかった。」「他の楽器のしくみも調べてみたい。」といった記述が見られた。クントの実験を取り入れた授業は,生徒の興味・関心を高め,日常生活との関連を高めることができたと考える。
クントの実験の理解(共鳴,管の長さと音程,複数の周波数の混在)の平均正答率は80%であった。音の出る仕組みを考えている場面では,教師の「(空き缶の)音がなぜ響く。中がどうなっていると思う。」の発問に対して「空き缶の中も同じ。」「クントの実験と同じで,クントの山ができると思う。」「管の長さが合うと響く。」といった生徒の発話があった。また,生徒のワークシートに,クントの実験を基にした気柱共鳴をイメージする図や「スピーカーから出た音の波がピストンに跳ね返ってきた音の波と重なると共鳴する。」といった記述が見られた。クントの実験は,気柱管の長さを変えたり,複数の周波数の混じった音を出したりすることで管の長さと共鳴,管の長さと音程について実感を伴った理解を促すものとして効果があったと考える。一方で,「複数の周波数の混在」の正答率は70%と低いことが課題である。教材の共鳴音がはっきり聞き取れる工夫と共に,その現象が起こる理由を生徒同士で議論する場面を設定することが大切だと考える。
空き缶トロンボーンの理解(管の長さと音程,マウスピース,空き缶トロンボーンとクントの実験の対応)の平均正答率は70%であった。「管の長さと音程」の正答率は87%と高く,ものづくりで管の長さと音程を体験から理解したことが,クントの実験の理解を促進させたと考える。一方で,「空き缶トロンボーンとクントの実験の対応」の正答率は59%と低かった。生徒の関心を高めるために,授業の導入で,本物のトロンボーンを演奏させた。しかし,これによって,開管と閉管の管楽器が混在してしまった。難易度の高い活動であるため,同じ条件の楽器を提示する必要があると考える。
【参考文献】
笹川民雄:「クントの実験における粒子の運動」,物理教育 ,Vol.57,No3,pp.201-208,2009.
上野佳奈子:「クントの実験による定在波の可視化」,日本音響学会誌,Vol.63,No2,p.116,2007.
勝野孝・川上紳一:「音を視覚的に捉えるクントの実験装置の開発と中学校理科第1学年「身近な物理現象」における活用」,岐阜大学教育学部研究報告.自然科学,Vol.35
, pp.87-92
, 2011.