1 はじめに
本研究は、筆者が「発達障害境界児童」と呼ぶ児童にどのような「困難」が、いかにして生じているかを明らかにすることを目的とします。筆者が「発達障害境界児童(以下、境界児童)」と呼ぶのは、文科省の「学習面又は行動面で著しい困難を示す児童(以下、グレーゾーン児童)」の判定基準を満たしてはいないものの、同省(2012)のチェック・リストを基に筆者が観察する限りは発達障害の特性が見られ、かつ、その児童を知る教師たちの間でも発達障害の有無の認識が分かれると筆者が判断した児童です。そのために、境界児童の「困難」は周囲の児童集団との相互作用によって生じるとする「社会モデル」としての「障害観」に立って考えます。その上で、教師の働きかけが児童集団に及ぼす影響に着目して「境界児童」の「困難」が生じるメカニズムを考察します。
2 問題設定
本研究で、「境界児童」に着目するのは、障害特性の現れ方が軽度である彼/彼女らの経験する「困難」は軽度ではないにもかかわらず、それに見合うだけの注目や配慮がなされていないと考えるからです。これまで通常学級における発達障害児やグレーゾーン児童の理解や支援に関しては多くの研究がなされてきました(品川2003、関戸・安田2011など)。しかし、「境界児童」の経験する「困難」に着目した研究は十分になされていません。また、彼/彼女らが学校生活で経験する人間関係上のトラブルや学業不振などの「困難」は、その要因が本人の性格に起因すると理解されがちでした。例えば、学習意欲の低下を改善するための指導法に関する研究(若松ら2004)など、多くの知見が積まれてきました。しかし、これらの研究は、「困難」を個人の内面の問題として捉えることが前提となっています。この視角に立つ以上、「困難」の要因として、教師の教育活動そのものが児童集団に及ぼす影響やその「意図せざる帰結」としての児童同士の相互作用が浮かび上がることはありません。「社会モデル」の視角に立つことで、「困難」が生じる要因として「教師の教育活動」や「子ども社会」が浮かび上がります。そこで本研究では、「境界児童」の「困難」を「社会モデル」で捉え、その上で、教師の働きかけが児童集団に及ぼす影響に着目し、境界児童の「困難」が生じるメカニズムを考察します。
<参考文献>
1)文部科学省 2012 「通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果について」
2)品川裕香 2003 『怠けてなんかない!―ディスレクシア 読む・書く・記憶するのが困難なLDの子どもたち』岩崎書店
3)関戸英紀、安田知枝子 2011 「通常学級に在籍する5名の授業参加に困難を示す児童に対する支援―クラスワイドな支援から個別支援へ-」特殊教育学研究 49(2)
4)若松養亮ら 2004 「小・中学生における学習の有効性認知と学習意欲の関連」教育心理学研究
,52
, 219-230